「じゃぶじゃぶ使える」と以前書いた井戸水ですが、この冬、困った事態になりました。おそらく井戸が枯れてしまい、水が出なくなったのです。
ポンプを動かせば水が出る。そんな当たり前のインフラが壊れたあとに始まったのは、自分の手で水を運び込む、より直接的な「水汲み生活」でした。
1. 水が地中に帰っていった日
その日は冬の冷え込みが厳しく、外でジビエの解体作業をしていました。
バケツに水を溜めようとしたその時、井戸の水がふっと途切れ、そのまま地中へと吸い込まれていきました。ポンプをいくら動かしても、呼び水を注いでも、手応えはスカスカと空を切り、水が戻ってくることはありませんでした。
冬の乾燥で水位が下がったのか、どこか故障したのか。とにかく、私の生活のメインシステムだった井戸は、その日を境に沈黙しました。
2. 「資源」はすぐ外側にあった
自分の土地で水が出なくなった瞬間、生活のコストは一気に跳ね上がりました。しかし、原付で少し走れば、そこには綺麗な沢の水が驚くほど「じゃぶじゃぶ」と流れていたのです。
- 動く範囲を広げてみる 自分の敷地という狭い範囲では水がなくても、少し移動してアクセスする範囲を広げるだけで、解決策はいくらでもありました。場所が少しズレるだけで資源の有無が決まってしまうことを、身をもって実感しました。
- カブで運ぶスタイル 110ccのスーパーカブに、18リットルのポリタンクを3個。これを積んで、往復30分ほどかけて沢の水を汲んできます。
- 自分の手で運ぶ実感 シャワーや洗濯に使う水を、自力で運び出す。最初は移動を面倒に感じましたが、慣れてくると「生活圏を広げて必要なものを確保する」という考え方が、山で生きるために重要であると考えるようになりました。
3. 水の使い分けを整理する
生活用の水を沢から汲んでくるのと同時に、飲み水の補給ルートも見直しました。以前から利用していたスーパーの純水ですが、より容量の大きい5リットルの専用ボトルを導入しました。
- 飲み水: スーパーの純水(5Lボトルで効率化)
- 生活・洗濯: 自分で汲んできた沢の水
結論、春を待つ「図太さ」
今は、水位が戻るであろう春をじっと待つつもりです。もし復活が遅ければ、もっと深い場所を目指して新しい井戸を掘るかもしれません。
不便な状況に対して「これが今の自分の生活だ」と受け入れる図太さは、精神を安定させます。ポンプを漕いでも水が出ないことを嘆くより、生活の範囲を広げ、原付に積んだタンクの重みを感じながら走る。そんな「不便さを含めた暮らし」も、また一つの山林生活の現実です。